仙人温泉トピックス

小屋番日記 8月1日〜19日
(高橋仙人 2015年9月1日掲載)

(8月19日)、曇り。
天気予報は晴れ、なのだがはっきりしない空模様だ。5時半に二人共出発した。発電機を止めて寝ることにする。今日は11時から高校野球の準決勝なので発電機を回して観戦しよう。そのために朝はガソリンを節約するのだ。
8時から作業開始。スカッとしない天気だが、贅沢は言ってられない。とにかく北側の壁の始末をつけないことには、気が重い。少しずつでも前進しなければ8月が終わってしまう。
10時半までに骨組みができた。やれやれと一休みしていたら、池の平小屋のスタッフが挨拶に来た。高校野球の準決勝を見ながら2人でビールを飲んだ。12時半に帰ったので、作業開始。板を貼って、防水紙代わりにプラベニヤを貼って本日の作業は終了。16時半だった。
宿泊者がいないのでのんびりと風呂に入った。あわただしい時は2日間風呂に入れないこともある。
冷凍庫のために発電機を回す。ガソリン代が馬鹿にならないが、便利さには勝てない。2時間半冷やしたので、発電機を止める。寝るには早いが明日のために身体を休めよう。
19時半、消灯。

(8月18日)、雨後曇り。
夜半は目が覚めるほど強い雨の音がしていた。4時半の朝食だったので、4時に起床する。30分で朝食の用意を整えて宿泊者に声をかける。三の窓でビバークしたためにシュラフもテントもビショ濡れだ。そんな状態では熟睡できない。布団で寝られる有り難みを感じたと宿泊者は言っていた。
8時まで休憩をして仕事を始める。焦ってもしかたのないことだが、常に急かされているような脅迫観念がある。
10時に道が解らない、と訪ねて来た登山者がいた。15年前の地図を頼りに歩いていたのだった。9年前に廃道となっていたコースを下山したために迷子になったのだ。
昼前に単独の宿泊者。作業は中止して、片付ける。もう少し作業を進めたかったが、夕食の用意をしなからでは良い仕事はできない。
通路と食堂の清掃を終えて休憩をしていると、道に迷いました、宿泊させて下さいと単独の登山者が来た。雨模様の天気なので雪渓を上流に登るのはルート探しが困難になる。
夕食まで間があったので、少し寝た。30分眠ると元気が出た。バリバリっと食材を切ったり炒めたりして、17時半に用意が整った。
20時に消灯をしたが、なかなか寝つけない。時折ざあっと雨足の強くなった音がする。もう秋雨前線が停滞する季節になったようだ。

(8月17日)、雨。
3時に雨が降り出す。三浦さんは今日下山日なので登山者と同じ4時の朝食。5時半に下山した。狛江市の小寺さんも続いて出発。ビールを2本と日本酒を飲んで布団に倒れ込んだ。
9時半まで眠った。疲労から解放されない。が、時間は過ぎて行くばかりなので、のんびりはしていられないのだ。8月末までに大まかな工事を仕上げないと、小屋閉めが大変になる。
北側の壁は後二枚。雨が降っていて嫌なムードだが手を付けなければ何時までたっても終わらない。
雨の様子を見ながら壁の丸太を撤去する。柱を垂直にして丸太を入れ直す。補強の板を貼る。外壁の柱を2本入れて今日の作業は終了。16時半だった。
宿泊者は0人なので風呂にゆっくり入る。17時から20時までは冷凍庫のために発電機を必ず回す。その間に食事をしてテレビを見る。高校野球の中継を見て、晩酌をするのが楽しい。準々決勝なので4試合目はナイトゲームだった。18時前にずぶ濡れの登山者が宿泊したいと来た。食事も欲しい、とのことだ。
ちょっと面倒に思えたが、断る訳にはいかない。作り笑顔で受け付けをする。夕食は19時スタートになった。消灯は20時です、と宣言をしてそれを実行した。
雨が強くなって、憂鬱な夜だった。

(8月16日)、晴れ。
4時半の朝食を終えるとガイドの勝野さんは5人で出発した。旧道を行くので雪渓から陸道に取り付く所まで仙人も同行した。
雪渓の切れ目で一同を見送ってからイヌドウナを採りながら小屋に帰った。
盆が終わった。雨に祟られて散々だったが、山小屋は水商売なので仕方がない。気合いが抜けたせいか身体の調子が良くない。熱っぽくて食欲が無い。どうも夏バテらしい。
居候の三浦さんに店番を頼んで寝ることにした。布団に潜り込むといくらでも眠れる。16時に予約の登山者が来る。二人分の夕食を用意して18時からまた寝た。
三浦さんが食事の後片付けをして20時に消灯をした。

(8月15日)、晴れ。
3時にはまだ曇り空だったが、5時には快晴になる。4時半に朝食だったので、6時には皆さん出立した。
朝飯を食って8時まで眠る。起きてからテレビで高校野球を見る。第一試合は早稲田実業の試合だった。9時半まで観戦して、布団を干した。
TO、三浦さんにはヘリポートの草刈りを頼んで、仙人は手洗いの水槽を設置する。壁の補修に手をかけたが、森林管理所のパトロール、立ち寄り湯の人、池の平のスタッフが来たりして仕事が手に着かない。
昼飯を食い終わったら13時半になった。とても疲れたので15時まで眠る。
15時過ぎに宿泊者が1人来る。女性の4人はキャンセル。ガイドの勝野さんが5時過ぎに到着。北方稜線から13時間歩いての到着だ。俄然慌ただしくなる。食材のカット、飯を炊飯器にセットする。味噌汁の分量を増やす。とにかく忙しい。手が4本欲しいくらいだったが、なんとか18時に夕食を開始できた。
勝野さんとは1年半ぶりの再会だった。積もる話しはあったが、20時に歓談を終えて21時に消灯。
月の無い夜なので銀河が、仙人谷の空全体を埋め尽くしていた。

(8月14日)、雨。
3時にトタン屋根を叩く雨の音で目が覚める。久しぶりの降雨なので植物は喜んでいるだろう。登山者には気の毒だが……。
4時半朝食の組と6時半朝食の組で半々の人数でした。スタッフの大西さんは6時に下山。雨の中を8時までには皆さん下山して行きました。
仙人もスタッフのTOさんも体調が思わしくないので、本日は休養日に決定。食事の後片付けをして11時までゆっくり眠りました。
昼前に宿泊者が到着。雨の中を来てくれるとは、嬉しい限りです。仙人は食欲不良のため、また布団に潜り込んで休みました。
食欲がないので柿の種でビールを飲んでいると、池の平小屋のスタッフが立ち寄る。当小屋にも「サスの昆布締め」を差し入れてくれた。
雨の日は登山者が少ない。4人組、単独の人がパラパラでしかない。
昆布締めで日本酒を飲んでいると、予約の2人が到着。宿泊者4人の静かなお盆休みの、仙人温泉です。
17時半に夕食の用意が整った。宿泊者の話し相手はTOさんに任せて、別部屋で日本酒を飲む。盛夏の疲れが残っている。応援のスタッフがいる間はなるべくスタミナ温存に努めよう。
20時半消灯。

(8月13日)、雨。
弱い雨が降ったり止んだりではっきりしない。女性の登山者を雪渓まで送った。10日前に仔連れのクマをその雪渓で見ているので、単独の女性が心配だったのだ。
登山道の草刈りをしながら小屋に戻ったのが6時半。雨と汗で濡れた身体を風呂で流し、1時間ほど眠った。
北側の壁を修理していると、9時に宿泊者が来る。聞けば14日間山を放浪しているとの事だった。一度切りの長いようで、短い人生だぜ。二週間でも三週間でも納得の行くまで山を歩くがいいよ。
昼まで工事をして休憩をしていると予約の宿泊者3人が到着。昼からの工事は中止して、片付けをする。ゴミはTOさんが処理してくれた。ガス台は大西さんが新設してくれた。手分けして工事をすると仕事がはかどる。
15時に9人分の夕食の用意を始める。17時に用意完了、と思いきや飯が炊けていない。一体どうしたんだろう。殆ど記憶に無い失敗だった。が、本来は18時開始の夕食なので苦情を言われることはなかった。
温泉好きな人達で夜は盛り上がりました。スタッフの大西さん、ワイン一本に日本酒で酔っていました。TOさんと仙人は過労でダウン。
21時半消灯。

(8月12日)、曇り時々晴れ。
季節が変わりそうだ。朝はウグイスがさえずっていた。夕方には地鳴きに変わったので繁殖期が終わったようだ。
9時にぱらぱら雨が降った。すぐに止んでくれたので、外仕事をする気になった。離れの部屋に布団を5組用意する。スタッフ棟にも5組用意する。最後に大部屋の布団を整理して片付けは終了。単独の女性が宿泊。
枕カバーを洗濯してから北側の壁の修理。昼にスタッフのTOさんが到着。食材を担ぎ上げてくれるので助かるよ。
夕方に宿泊者が一人。夕食の用意はTOさんと大西さんに任せて、布団で休憩。今年は疲労が抜けないが、気力でカバーしている。天気さえ良ければ8月末には工事が完了しそうだぜ。
女性相手なので、少し飲み過ぎた。20時半消灯。

(8月11日)、晴れ。
しかし、晴れの日がよく続いている。予報ではにわか雨と言っているが、朝はその気配なし。
4時の朝食が3人。6時が2人。このパターンが多いね。早く出発した人を見送って、5時半から20分布団の中でウトウトした。再起床して卵を焼く。豆腐を切れば二人分の朝食の出来上がり。
朝食が終了して朝寝。疲労回復には睡眠が一番。1時間眠れば夕方までの作業はできる。たまには1日中休んでみたい、と弱気になる自分を、そんな事でどうする、山小屋の修理が至上命題だぞ、と叱る自分がいる。
8時から北側の壁を解体、搬出。想像以上に腐食が激しい。
屋根をジャッキアップして柱を入れる。補強が半分終わった時に、スタッフの大西さん到着。宿泊者も続いて到着。今日の作業は終了。
風呂に入ってから差し入れのカツオでビールを飲む。二週間ぶりの刺身だ。夕食は2人分なので17時半に用意が整った。宿泊者と同時にスタッフも夕食をスタート。宿泊者の相手は大西さんに任して、仙人は18時半に就寝。

(8月10日)、晴れ。
晴れの日が続いて、朝が楽しい。今日も頑張れる、という気がして来る。仙人谷全体が乾燥している。暑さに弱い樹木は葉を枯らしてしまった。石垣の棚に移植したリンドウは干からびる寸前だ。雨が降るまで毎日の水やりが欠かせない。雪渓も異常だが、日照りも度を越えている。
6時半に起床。疲労が溜まって起きるのが、辛い。まずはゴミ燃やし。
ガスボンベの移動。発電機の給油を終えて朝飯を食いだしたのが7時半。
ビールを飲んでいると、立ち寄り湯の登山者が来た。続いてジュースの人、トイレ拝借の人と、賑やかになる。まあ、疲労回復のために作業の手を止めて、登山者の相手をするのも悪くない。
9時から北側の壁に手を付ける。土台が腐って柱を支えられない状況だ。中途半端な修理では来年まで持ちそうにない。基礎、土台、柱、壁の全てを取り替えよう。
まずは折れた柱と壁の撤去作業。搬出して焼却処分。基礎コンクリート打ち、型枠造りと時間のかかる作業ばかりだ。
11時まで作業に没頭した。喉が乾いたのでビールを飲む。ゆっくり飲みたいが、作業が気になる。予約の宿泊者が来ないうちに目処をつけたい。ビールで喉を潤して作業開始。14時までに清掃まで完了。
17時半、夕食スタート。盛り上がって、消灯は21時。

(8月9日)、晴れ。
今日も晴れだ。3時に起床して9人分の朝食を用意する。今日は全員が4時の食事だ。忙しいけれど一度に片付くので助かる。5時半には全員下山して行った。
8時まで横になって休んだ。こんな暑い夏は珍しいね。部屋内は25℃なので、休憩中は汗が引いて過ごしやすい。
受付所の壁を今日中に仕上げたい。1日のノルマは達成しておかないと後の日程が苦しくなる。
13時で大まかな作業は済んだ。食欲がないので14時まで昼寝をする。
ビールと日本酒でカロリーは十分だと思う。それが証拠に腹が凹まない。自宅に居る時のウェストではないが、ベルトがユルユルではない。64歳ともなれば、おいそれとは減らないのが、体重だ。現状維持の体重に比べて、記憶力は減退するばかりだ。
14時を過ぎると作業が楽になる。俄然やる気が満ちて来る。衛星電話のために窓を10センチ高くしてみた。それが効を奏したものか、電波状況は改善された。が、絶対に信用はしないぞ。衛星電話はドコモに限る。
窓の壁が完成間近になったので時計を見ると、16時過ぎ。無理のない所で作業を終了した。
風呂に入り、洗濯をしながらビールを飲んでいると、眠気がさす。宿泊者がいないので、早く寝よう。

(8月8日)、晴れ。
もう二週間晴れの日が続いている。お陰さまで小屋の修理は順調だ。
8時過ぎると暑くなるので涼しい内にゴミを燃やし、風呂の掃除をした。ついでにヘリポ―トから丸太を小屋に運び込む。それだけで大汗がでる。8時から1時間、高校野球を観戦する。巷間騒がれている早稲田実業の試合だ。
9時から作業開始。まずは丸太を6本加工して壁を作る。その丸太に合板をビス止めする。そして防水シ―トを貼る。最後に波トタンを固定すれば、壁は仕上がる。西側の壁はほぼ見通しがついた。後は北側の壁に一週間程だろうか。それに細かいダメ直しで一週間。
まだまだ気を緩められない日々が続く。
作業に気合いの入った9時半に男3人組が宿泊申し込み。たまには朝からのんびりしたいんだと。作業の切りが良かったので、11時から昼食。腹一杯食ってさあ、午後の作業開始と思ったら予約の2人組と飛び込みの2人組が宿泊。もう一人予約があるのだが、2日間電話が不通だったのでどうなっているのやら。
予約のあった単独の女性登山者も15時に到着。この時間帯までに顔を見せてくれれば、食事はスムーズに用意できる。米を炊飯器にセットして、味噌汁の鍋をガス台に乗せ、天ぷらの材料を用意する。お茶を沸かし、テーブルに食器をセットする。14年間の経験があるので澱みがない。
夕食の定刻は18時だが、30分早くスタートした。
が、ですよ。全員が食事を始めた時に、今日、宿泊お願いします、食事もです。と言って単独の登山者が来た
本心をぶちまけると「ふざけるな、今頃来たってメジャーなんかあるわけねえだろう、オオバカヤロウ」と怒鳴りつけたい所だが、コチトラ至って気が弱い。「じゃあ、1時間待って下さい、温泉に入ってもらっている間に用意します」なんて作り笑顔で言ってしまうのだよ。
それでも全員が和気あいあいだったので、20時の消灯を実行できた。

(8月7日)、晴れ。
空は晴れても心は闇だ、と言う有名なフレーズがある。まさしく、今の俺の心境にぴったりだよ。
電話が不通だ。40時間もだ。ソフトバンクが悪いのか、こちらの電話機がおかしいのか?。確かめる術がない。
4時に目が覚めた。外はまだ暗い。日の出が大分遅くなった。温泉の出が悪いので修理に出かける。小屋を留守にするのは早朝に限る。7時半になると下山者がトイレを借りに来る。風呂に入りたいと言う人も多い。なるべく対応しなければ、と思う。
温泉の修理は、噴気口に供給する水を調整して終わった。今までの経験で、おおよその様子は現地に行かなくても想像はできる。
修理を終えて沢沿いのフキを採りながら、雪渓上を歩いて帰った。日当たりの良い沢の斜面にシラネアオイが咲き出した。
小屋で温泉の出湯量を確認して朝食
にした。少し飲んで、洗濯をしながら9時まで休憩をした。
比較的涼しい内にヘリポ―トの材木を小屋まで下ろす。直径10センチ、長さ4メートルの丸太を12本担いだ。本職が配管屋なので、担ぎものは苦にはらない。
まずは玄関の袖壁の加工をする。次に調理場の壁。ここは18本の丸太を切断したので時間がかかった。それにしても、暑い。山小屋にいても頭がクラクラするよ。
程ほどにして、昼飯にした。ビールが1本では足りなかった。日本酒も少し飲んで、ソ―メンを200グラム食った。暑い盛りの仕事は身体に毒なので4時まで昼寝をする。
14時を過ぎると大分凌ぎやすくなる。調理場の丸太に12ミリの合板をはる。続いて調理棚の土台を設置する。そして受付所の小壁の丸太をはめ込む。気が付けば、17時ちょっと前だった。我ながら良くやった、と思える。明日も晴れのようなので、また頑張れそうたぜ。
20時になって衛星電話が繋がった。50時間不通だった。商売に支障があるので、早急にドコモの衛星電話を用意する段取りをした。
21時消灯。

(8月6日)、晴れ。
欅平に帰る宿泊者は朝食が4時。阿曽原までの人は6時の朝食を依頼する人が多い。
4時の朝食は3時に起床して間に合わせる。6時の朝食までは、少し横になる。二時間のズレがあるのは辛いが、宿泊者の意向が最優先なのですよ。
昨晩から衛星電話が繋がらない。ドコモの時も電波障害はあつたが、ソフトバンクの衛星電話は1ヶ月に6日間は通じない。これでは山小屋の維持ができませんね。来年はまた、ドコモと契約するよ。
7時半から調理場の棚を作った。4段の棚を作るのに9時半までかかった。衛星電話が気になって、思うような仕事ができない。こんな時は先を急いではいけない。余裕を持って事に当たらないと、事故を起こしかねない。
休憩時間にビールを3本飲んでしまった。電話が繋がらないので、素面ではいられない。極力気にしないようにして作業を続ける。西側の壁は現在無し。天気が安定しているので仮囲いでしのげるけれど、何時までも晴れてくれるとは限らない。材料を使い切るまでは、労を惜しまずに働くよ。
梁を支える柱は15時までに入った。補強の小壁を柱にビス止めして本日の作業終了。洗濯物を干して、休憩をする。
夏の高校野球が始まった。ビールを飲んで観戦をする。予約の登山者は来そうにない。電話が通じないので、キャンセルがあっても解らない。
17時から3時間発電機を回す。冷凍食品のためだ。
20時ちょっと前にウトウトしたが、薬師寺の大講堂の復元工事を21時まで見た。木造建築が千年を超えて寿命を保つ、というのが不思議だ。山小屋はせいぜい40年の命たからね。
温泉の出が悪いので、明日早朝に修理をしよう。

(8月5日)、晴れ。
朝食が5時半だったので、身体はキツくなかった。余裕とまでは言えないが、定刻には食事の用意が間に合った。
宿泊者の食事が終了して片付け前にビールを飲みだしたら、保健所の担当者が到着。7時だったので面食らったが、いつものフットワークで指摘事項無しで済んだ。
やれやれで朝食がてらビールを飲み出すと、山小屋専門の食品会社から電話。荷揚げのヘリが運搬を開始したようだ。荷物を受け取れば、しばらくは心安らかに営業できる。
少しでも体力を温存するために、横になってヘリを待つ。立ち寄りの入浴者に登山道の状況を説明していると、仙人谷に響くヘリの爆音。来ました。荷物が到着です。今日は昼頃に雲が出ると言う予報なので、早い時間に来てくれて大助かりです。
取りあえず冷凍食品を小屋に運んで、冷凍庫に収める。発電機を回す。次は野菜、卵、ビール、米、雑品の順で小屋に運び入れる。往復16回、300キロの荷物は老体に応えるよ。
くたびれたので横になって身体を休めていると、予約の北本さん到着。程なくして予約なしの登山者が宿泊。二人分の食事なら17時時からでも間に合う。
15時から16時まで休憩。疲労のせいなのか、小便は真っ黄色。明日から小屋の修理を頑張るために体力を温存しなければと、思う。15時半に雷が鳴って雨がざあっと降った。
夕食が終了する頃には雨は上がった。目をつぶればそのま寝込んでしまいそうだったので、20時に消灯した。銀河の美しい夜だった。。。

(8月4日)、晴れ。
猛暑が続いている。エルニ―ニョ現象で冷夏になりそうな予想だったが、現実は裏腹の状態だね。明日がヘリの日なので晴れの天気が続くのはありがたい。
衛星電話の調子が悪い。電話連絡が生命線なのでちょっと気がかりだ。来年は衛星電話も一台用意しよう。 山小屋では何でも二台用意しなければならない。ガスコンロ、発電機、インパクトドリル、冷凍庫、洗濯機、etc.……。スペアが用意できる物はいいが、小屋番はスペア無しだ。
3時に起床して4時に朝食を開始。欅平まで帰る人は朝が早い。5時半までに皆出発した。眠いけれど食器洗い、ゴミ燃やし、洗濯、朝酒、朝風呂、そして一時間程朝寝をしなければ、身体が持たない。
ウトウトしてはっと目が覚めた。明日はヘリの荷揚げで忙しい。そこへ巡り合わせが悪く、保健所の巡回日が重なった。ヘリの荷揚げが最優先仕事だ。保健所の職員とヘリの来るのが同時でない事を祈るのみです。
玄関横の柱を二本入れ替えた。次に衛星電話を置いてある棚と窓を撤去。もう一本柱を入れて窓枠を固定する。さらに梁を受ける柱を入れ替える。28年間、黒部の風雪を耐えた土台と柱はもう朽ちて、寿命を全うしていた。更にもう一本柱を入れ替えた時に、予約の登山者が到着。そして予約無しの単独の登山者が到着。もう仕事所ではない。遅い昼飯を食って、少しだけ明日の準備をする。
ふうっとため息を一つして時計を見ると、15時だった。風呂に入って清潔な身体で、夕食の用意をしよう。それにしても、暑い日が続くね。
女性二名の宿泊者が風呂から出る頃、予約無しの登山者が来る。一時間後に予約の三名に予約なしの一名が到着。合計7人の宿泊。
16時から夕食の仕込みをする。以前45人の宿泊者を独りで捌いた事があるので、7人程度は鼻歌だね。ビールを飲みながら17時半、夕食は整った。
食事ですよ〜と声をかけて、定刻の18時に夕食開始。
さあ、俺も宿泊者の仲間に入って一杯飲むか、ビールを一口飲んだ時に宿泊希望の登山者。素泊まりなら許せるけれど、食事も頼みたい、と言い張る。
初めの宿泊者が食事をおえる19時からの食事になるよ!それまで風呂に入っていてくれ、と言い放って二回戦目の仕込み。
一人分なので苦労なく出来た。遅い夕食が済むともう17時45分が過ぎていた。少し大急ぎで洗い物をして21時消灯。

(8月3日)、晴れ。
昨夕、ちょっと雨が降った。が、朝は快晴だ。今日も暑くなりそうな気がする。
田中さんは6時に下山。宿泊者は7時に出立。静かになった小屋でつらつら考えた。限界を越えるまで動いてはいけない。身体が休息を要求している時は素直に従おう。何事も、もう一人の自分と相談しなければならない。
11時に大阪の上田さん到着。毎年来てくれている常連さんだ。御年81歳、元気だ。俺はその年齢で山を歩けるだろうか?と、不安になる。
程なく予約の高市さん、予約なしの高畑さん到着。今日は工事はできそうにない。塩素滅菌用の水槽を設置して作業終了。
登山者と酒を飲みながら16時まで歓談をする。椅子にもたれてウトウトしてしまった。さあ、夕食の支度を始めよう。
三人前の夕食なので16時半からの開始で間に合う。一杯飲みながらの調理だが、大過なく仕上がる。17時50分に宿泊者が食堂に集う。山の話に花が咲いて盛り上がった。明日は4時の食事なので皆20時の消灯を、心よく受け入れて貰えた。

(8月2日)、晴れ。
疲れて起きられない。応援スタッフが4人いるので、甘えてゆっくり眠った。5時半まで眠って、6時に起床。宿泊者がいるときは3時起床なので、今朝は非常に身体が楽だった。
7時50分から作業開始。へし折れた母屋の補強が大変なのですよ。屋根を剥がして、折れた角材に並べて
亀裂のない角材を横付けにする。それを二カ所。9時になるとトタン屋根が焼けて息苦しくなる。水分を充分に補給しながらの工事だ。
大西さんが下山する時までに補強工事は終了した。丁度休憩時間だったので屋根から室内に移動した。
炎天下では30℃の暑さだが、食堂は24℃。汗が引いていく。山の魅力はこの冷涼感にあるよね。
大西さんが下山するのと入れ替わりに、仙人池の若き経営者が様子を見に来てくれた。同業者なので、水面下の軋轢はある。が、そんなことは人生の大問題にはならない。同じ山の水と風を糧として生きている人種なのだから、いがみ合っている場合ではない。
11時半にTO、M子さんが下山する。予約の宿泊者があるので、作業を急がなければならない。
床張り工事を速やかに、妥協しながら良い加減に切り上げて、昼食にする。14時半から屋根の工事を再開する。14時を過ぎると、ぐっと過ごしやすくなる。工事も順調に終わる頃、4人の宿泊者が到着。
18時に夕食を開始して、20時に消灯。倒れる寸前の疲労が蓄積しているので、布団に倒れ込んで寝た。

(8月1日)、晴れ。
天気が安定しているので、作業計画が立てやすい。本日は食堂の床を仕上げたい、と思う。
宿泊者は5時に出発した。昨日の疲労が抜けていないので、元気が回復するまで布団の中で微睡んだ。
7時半に朝食を終えたが、8時半まで横になっていた。田中さんが布団を干し出した音が聞こえたので、エイッと気合いを入れて起床する。
宿泊棟の布団を干して食堂の床張り工事に取りかかる。昨日のダメ直しをしながら、壁の補修は田中さんにお願いする。床の撤去をしてゴミ掃除が終了したところで、昼飯。
食堂でビールを飲んでいると、M子さんが到着、程なくして大西さん、TOさんが暑い、と言いながら到着。昨日から一週間が暑さのピークだろうよ。
午後からは屋根を剥がして再度小屋の傾きを補正した。大西さんと二人でチルホールを引くと傾きはほぼ直った。
夕食はM子さんに任せていたので、目一杯作業に集中できたのが良かった。少しずつ懸案が解決していくのが嬉しい。が、ですよ。まだ道は半ばなのです。気合いを入れ直してまた、明日から老体に鞭を入れながら頑張るのみです。


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