仙人温泉小屋 トピックス

小屋番日記
9月21日〜10月15日
(高橋仙人 2016年10月30日掲載)

15日。快晴。
さあ、下山日だ。天気は申し分ない。雨の心配がない。気力充実、5時起床。
本日は出入り口を四カ所始末する。残った食材をネズミに食われない場所に隠す。食器を洗って棚に格納する。ハンガーに掛けてある衣服をケースに納める。下山のための荷物を整理してザックに詰める。

あれやこれやの作業を終わらせて、外に出たのが9時。記念写真を撮って、下山を開始したのが9時半。脚力に自信がないので、独りで先に歩き出したのだった。

流石に今シーズンの見納めと思えば、仙人谷に後ろ髪を引かれる。辛いことも多いけれど、楽しいことも多い。また来年に来たいよ。健康体を
維持してだ。
祖母谷温泉には夕暮れ前に着いた。部屋にザックを置いて大露天風呂で二日分の汗を流す。ゆっくり、のんびり入浴をしてからビールで乾杯。ボランティアのスタッフに感謝です。山小屋では常に食事と食材を念頭に置いている。食後の片付けも毎日となると、かなりの負担になる。その身分から解放されると、身も心も軽くなる。熟睡できた。



14日。晴れ。
晴天の夜は気温が下がる。10℃を切る日が続く。寒いと布団から抜け出すのが辛い。起床をする5時半から7時頃までが一番気温が低い。
昨日は一人の宿泊者がいた。九州からの登山者だったので、断り切れなかったのだ。が、朝の出発は早かった。再会は出来そうもないが、また来て下さいね!と見送るのが常だ。袖振り合うのも多少の縁、だが、多少どころではない不思議な縁だと思う。
8時半、作業開始。本日の仕事がどれだけ進行するかで、下山日が決定するのだ。上手く行けば明日に下山して、祖母谷温泉で慰労会をしたいと云うのがスタッフの総意だ。
本日は窓の雪囲いと橋の撤去、そして温泉パイプの回収作業だ。午前中に雪囲いはほぼ終了した。今日からの応援スタッフの村上さんが12時半に到着。直ぐに入浴して貰ってから、温泉のパイプを回収にかかる。二手に分かれて作業を進めるが、アクシデントがあって少しもたついた。
14時半に温泉のパイプは撤去できた。まだ日没まで間があるので橋の撤去を頑張る事にした。
ちょっと無理気味だったが、何とか終わらせることができた。営業日は雨に祟られたが、小屋閉めは晴天続きなのが皮肉だった。
作業で汗をかいたので風呂に入りたいが、本日は入浴無しだ。明日の祖母谷温泉まで我慢しなければならない。
仙人温泉小屋での最後の夕食はカレーだ。飯を7合炊いて明日の弁当も間に合わせるつもり。本来ならばビールと日本酒で酔いが回るまで飲むが、明日の作業を考慮して軽めの宴会にした。
19時半消灯。


13日。晴れ。
朝起きて外を見ると、白馬から唐松までの稜線が白い。仙人谷は濃霧だったが、後立山連峰は雪が降ったんだね。
6時半起床。小屋閉めの作業は、休憩所の屋根を解体すればほぼ終了。
8時半から三人で作業開始。造るのには半日かかる仕事も、解体するのは二時間で終わる。片付けをして洗濯物を屋外に干して本日の作業は終了。10時半だった。空を見上げて紅葉の山を眺めていたら、イヌワシが三羽飛んで来た。今シーズンの見納めかも知れない。

14時半、群馬の田中さん到着。小屋閉めのために今年も駆けつけてくれた。

担ぎ上げてくれたキムチ、明太子を肴に四人で乾杯をした。人数も揃ったのでもう、心配はない。16日には予定通りに下山できそうだよ。
17時半に夕食開始。もう晩酌の分まで飲んでしまっている。飲み過ぎると明日の作業に障る。今が大事な時だからビールを一本、日本酒を一合だけにした。
19時半消灯。


12日。晴れ後雨。
今朝もゆっくり寝た。気温は7℃。とにかく寒い。起床したくないが、小屋閉めの作業を遅らせることはできない。
6時半に起きてビールを飲んだ。もう一日アルコールを控えれば身体の調子は良くなるが、小屋でビールを飲めるのは残り四日間だ、飲まないと損をする感じだからね。
本日の天気予報は昼から雨。酔っ払う前に切り上げて、8時半から作業を開始。窓の雪囲い、風呂の脱衣場の解体。燃料を食堂の通路に格納。梁の補強と忙しい。小森さんとMさんが頑張ってくれるので本日の予定はこなせる見通しがついた。
11時40分、ソーメンを茹でて昼飯にする。ビールを一本飲んだ。雲行きが怪しいので昼寝をせずに作業開始。
食堂の南側の壁を補強して本日の作業終了。14時20分だった。交代で風呂に入ってから晩酌を始める。エビ天を乗せたうどんが本日の晩飯だった。
19時半消灯。


11日。快晴。
6時半まで眠った。営業が終了した安心感で熟睡した。三人で小屋閉めをすると、作業が速い。予定した仕事よりも先に作業が進む。天気も雨の心配が全くない。気持ち良く仕事がこなせるよ。
昨日、ゴミを燃やした煙りを吸ったら、喘息が再発しそうになった。山小屋の空気は清浄なのだが、ゴミの煙りはうっかりした。本日は注意しようと思う。
喉の調子がわるいので、朝のビールは控えた。玉子焼きと味噌汁の朝食を済ませて、8時半から作業開始。
Mさんは昨日の残工事。小森さんは物置の荷物を宿泊棟に運搬。仙人は食堂の押し入れ造り。11時半に予定の仕事を済ませて、昼食。小森さんとMさんはビールで喉を潤す。仙人は夕方までアルコールは辛抱する事にした。
昼に30分横になって休憩をした。安静にしていれば、咳は出ない。ひょっとしたら、目に見えない疲労が、溜まっているのかも知れない。
午後の作業も順調だ。今年の小屋閉めは手際よく進行している。明日の天気が夕方まで持ってくれれば、非常に嬉しい。
カレーライスとトンカツの夕食を済ませたのが18時半。テレビでサッカーを観戦して、19時半消灯。


10日。小雨。
天気予報では晴れ!だったが雨が降っている。本当にどうしたんだい、この天気は?
宿泊者は5時半の朝食だが、大阪の大西さんは今日下山のために、少し早めの朝食だ。
6時前に大西さん出発。三人の登山者も続いて出発。ホッとしてスタッフ三人も朝酌と朝食。腹がふくれたら休憩タイム。本日から本格的に小屋閉めをスタートするので、あまり長い休憩はできない。
8時半、六畳の宿泊棟の解体を始める。雨は止んでいるが、仙人谷は霧に閉ざされている。作業に支障のある雨でないのが何より嬉しい。
11時には解体と片付けが終わった。そこで、昼食にする。ビールを一本だけ飲んでソーメンを食う。何時もならば昼寝をするのだが、本日は休憩だけにして午後の作業を開始する。
大部屋の押し入れを二カ所造って布団を格納する予定だったが、一カ所仕上げると15時になったので作業は終了した。
交代で風呂に入ってからビールを飲んで晩酌を楽しむ。今週末は下山をするかと思うと、楽しいばかりでは無い。寂しい気持ちにもなる。
小森さん17時半に夕食を終えて入浴、そして就寝。Mさんと仙人は19時半に消灯。仙人はすぐに就寝。Mさんは入浴してから就寝。


9日。大雨。
夜半から降り出した雨は夜が明けても止まない。橋が心配になったので5時半に様子を見に行った。沢は濁流であふれている。が、橋はギリギリで耐えている。これ以上雨量が増えなければ流されることはない。欅平に向かう鈴木さんは6時に橋を渡って下山して行った。
12時になると雨は小降りになった。どうやら峠を越えたようだ。明日の天気が回復してくれる事を祈らずにはいられない。
15時半に黒四ダムからの予約者が到着。まずは一安心。この天候では遭難の可能性があるので無事に到着してくれるとホッとする。
夕食の用意を始める。今シーズン最後の調理になるかも知れない。3ヶ月の営業期間も終了間近と思うと、少し心残りではある。
16時からは気温が急降下している。やっと10月の気温になったようだ。
20時消灯。


8日。雨。
しかし、だよ。良く降るね。10月に入って雨の日は6回だからね。今日から連休なのだが、この冷たい雨の中を歩く登山者はは辛いと思うよ。
5時半に起床。炊飯器に三合の米をセットして点火。ジャガイモの皮を剥いて味噌汁の具にする。キャベツとソーセイジを炒めて朝飯を食う。仕事はほとんどない。朝寝をするだけだよ。
11時15分、大阪の大西さん小屋に到着。大雨の中をお疲れさまでした。頼んでおいた荷物を受け取って、再会の乾杯。
15時30分に埼玉県の登山者が宿泊。16時半に素泊まりの人が宿泊。スタッフ4人に宿泊者2人で夕餉時が賑やかだった。
20時消灯。


7日。快晴。
束の間の晴天なのかも知れないが、素晴らしい青空だ。雨に濡れた屋根が乾いたら、布団を干したいね。今シーズンは最後の布団干しになるだろう。
4人の宿泊者は6時半に出発して行った。祖母谷温泉までは10時間コースだけれど、この天気ならば歩き通せると思う。
9時から布団干しスタート。三人なので仕事が速い。30分で屋根の全てに布団を広げた。屋根の布団を見ていたら、南西の稜線からイヌワシが仙人谷に飛来した。直ぐに谷間に姿を消したが、久しぶりの雄姿を見て安心した。こんな雨の続く日はさぞかし腹が減っていることだろう。
13時前に布団を室内に取り込んで昼飯にした。小森さんは午後からも少し作業をして来る、と言ってでかけた仙人とMさんは交代で入浴をして休憩タイム。
昼に処理しておいた肉で、夕食はトンカツにする。下味をつけて少し寝かせる。16時から衣をつけて揚げる。3人を分だから出来上がりも速い。ついでにジャガイモとワカメの味噌汁を作って今晩の献立は終了。
17時になるとストーブを点けなければ寒くて適わない。屋外の気温は10℃を切っている。灯油が残り少ない。二台のストーブに点火したいが一台で辛抱する事にした。
朝の早い小森さんは19時前に就寝。Mさんも19時半に就寝。仙人は後始末をして20時消灯。


6日。雨。
大したことは無い、と多寡を括っていた台風18号は仙人温泉小屋の便所の屋根を一部ではあるが、吹き飛ばした。直撃ではないので、それ以上の被害は無い。
台風一過の晴天を期待したが、朝から雨だ。10月に入ってから、まだ太陽を見ていない。もう小屋閉めをして下山したくなるような悪天候だよ。
昨晩から納豆造りの段取りをしている。65歳になると、歯がぐらぐらしてくるので固い肉は食えない。魚とか、豆腐料理が胃にも歯にも優しい。納豆は酒の肴になるし、温かいご飯に味噌汁、納豆で朝食が間に合うね。
12時になっても雨は止まない。登山者の姿は全く見えない。もう今シーズンは営業が終了した感じ。諦めムードで一杯だよ。
13時に無予約の登山者が宿泊。一人なので食事の用意は余裕。と思っていたら三人の宿泊者が到着。ちょっと忙しくなる。けれど4食ぐらいなら驚かない。まずまずの時間で用意は整った。
宿泊者の応接は小森さんとMさんに頼んで、仙人は自室で休憩をした。
宿泊者には19時半で食堂を退室してもらった。食事の後片付けをして、スタッフの食事を
30分で済ませた。
20時消灯。


5日。曇り後雨。
4時に小森さんは食堂で行動開始。本日は雨の降らないうちに登山道の補修をすると張り切っている。朝のビールと日本酒を飲んでMさんと出発して行った。
食事の後片付けをしてから少し横になった。9時半に上の小屋から登山者が下りて来た。総勢23人のパーティーだった。その後単独の登山者が一人下山して行くと、登山道から人影が消えた。
登山道整備は意外と速く終わった。小森さんとMさんは帰るとまず、ビールで喉を潤す。昼食を軽く済ませて風呂に入る。Mさんは宿泊棟で昼寝をする。小森さんはじわりじわりと飲み続ける。付き合いたいのだが、仙人の胃袋は焼けていて少し痛む。自室で横になった。
時々、バラバラッと大粒の雨が降って来る。稜線を吹き抜けて行く風の音も大きい。強い風が吹くと空一杯に枯れ葉が乱舞する。台風18号が近づいているようだ。
16時から夕食の用意をするつもりだった。が、どうも胃の調子が良くない。夕食は各自で用意する事にした。
20時消灯。
雨は降っていないが、風の音は耳障りだ。


4日。曇り。
大きな台風が沖縄本島を通過している。瞬間最大風速59メートルだってよ。救助のヘリが下降して接近すると50メートルの風が起きる。姿勢を低くしなければ、吹き飛ばされるほど強い。そんな風を伴った台風に直撃されたら、小屋は大きな被害を受けるよ……、心配だ。
宿泊者は7時に朝食を済ませて、8時半に出発して行った。天気予報は午後から晴れと言っている。
14時半、スタッフの小森さん到着。いよいよ小屋閉めが近くなった気がする。16時からスタッフだけの夕食開始。18時半に終了。
19時半消灯


3日。晴れ後雨。
暖かい朝だ。10月の気温としては、異常だ。北陸地方の平地の気温は31℃と天気予報で言っている。三日前は冷え込んだので、後立山の稜線がうっすらと雪化粧したが、台風18号の影響で夏の陽気が、ぶり返している。
宿泊者は7時に出発して行った。雨が降っていないのが何よりだよ。送り出す我々も心が軽い。
Mさんと朝食と朝酌をしてから風呂に入った。やれやれとのんびりしていると、高橋さん!小金井のОです。と、登山者が訪ねて来る。毎年立ち寄る人なので風呂を切り上げて挨拶をする。人と人との触れ合いは大切にしなければならない。
小屋に登山者の姿が消えた頃に自室で横になった。日記を付けている10時過ぎ、ドド〜ンと大きな音がして小屋が揺れた。黒部川の群発地震だ。気持ちが悪くなったね。早く小屋を閉めて帰りたくなったよ。
11時、雨が本降りになった。
12時半、仙人池まで行くグループで脱落した人が、二人宿泊した。秋田県の女性だった。少し早めの夕食にした。
20時消灯。


2日。雨。
今日も雨だ。あまりにも雨が多いので、9月の降雨日を数えて見たら、19日間なのだ。これでは登山者も計画を立てることを逡巡するだろうよ。
昨日宿泊した大阪の上野さんは朝風呂に入って、のんびりと出発して行った。もう何回も宿泊しているので、帰路の時間配分は良く解っている。小雨程度では全く心配は要らない。
本日は珍しく、六人の予約がある。が、天候不順なのでドタキャンの電話がいつ何時あるかも知れない。あらかじめ覚悟をしていないと神経が持たない。
午前中の暇な時に、入浴しがてら岩風呂の掃除をした。登山者が一人も通らない登山道だけど、受け入れ体制だけは常に整えている。
14時まで読書をした。眠くなったので少し横になろうとしたら登山者の声が聞こえた。女性が多いようだ。賑やかに、とても楽しそうに話し合っている。予約者は五人組だ。久しぶりに夕餉時が華やかになりそうだ。その後を追って埼玉県の中本さんが到着。毎年二回は来湯してくれる人だ。
15時から夕食の用意を始める。米を炊飯器にセットする。味噌汁の鍋をコンロにかける。天ぷらの食材を調理する。お茶の湯を沸かす。六人分の飯椀、汁椀をテブルに並べる。色々、細々と忙しい。
副食品は17時20分に完了した。さあ、宿泊者を食堂に呼ぶか、と思ってはっとなった。いけねぇ、炊飯器のスイッチを入れ忘れてる。直ぐに火をつけたが、七合だと炊き上がるのに30分かかる。17時40分に宿泊者が食堂に押しかけて来る。
「炊飯器のの調子が悪くて、飯は6時になります」
と、苦し紛れの言い訳をする。
調子が悪いのは調理人の頭の方なのだが……。
テーブルに付いた人は皆ビールを所望したので、飯が遅れることに対してクレームはなかった。
女性が四人(と言っても65歳以上の人ばかりだ)だったので奮発してギターを弾いた。好評のうちに夜は更けた。
20時消灯。
ランプが灯る露天風呂では消灯後も元女性達の黄色い声が賑やかだった。


10月1日。雨。
あれっ!と云う間に10月になった。今年も残り3ヶ月になった。月日の過ぎるのが速く感じられてならない。
雨なので暖かい朝だ。6時の室温は14℃。ストーブを点けなくても凌げる気温だね。でも、登山者にとっては、冷たい雨なのかも知れない。9時に7人パーティーからキャンセルの電話があった。登山道を歩いている人は皆無に近い。
暇なので、昼過ぎにテレビで刑事コロンボをMさんと見た。今日も二人だけの夕食かと思っていたら、15時半に宿泊者が来た。毎年ではないが、何回か宿泊してくれた人だった。
夕食は17時半。


30日。快晴。
深夜3時に目が覚めた。小用のために外に出ると素晴らしい星空だった。室温は8℃。こんな冷え込みが三日続けば紅葉が仙人谷を染めつくすだろう。
12時前に森林管理局の職員が二人来た。下山した登山者は一人だけ。もう、お話になりません。小屋の営業が残り12日間になつたが、経費倒れが確定しました。
15時にのんびりと風呂に入りました。経済的にやるせないことを、温泉が忘れさせてくれます。
風呂上がりにビールと日本酒を悪酔いしない程度に飲んで、少し眠りました。小屋の仕事が暇なので、本業で痛めた左肩が辛くなくなりました。怪我の巧妙なのでしょうかね。
宿泊者が0人なので、Mさんに夕食の用意をしてもらって、17時まで横になっていました。
Mさんと夕食を食って20時に消灯して寝ました。


29日。雨。
今朝も雨だ。もうギブアップだよ。心が降り続く雨に耐えられなくて、倒壊してしまった。
宿泊者の朝食は6時だ。雨足が強いので出発を逡巡している。
8時半に登山者が上の小屋から下山して来た。全く無情の雨と言うしかない。山の景色を楽しむ事もできず、休憩もあまりせずに、そそくさと下山して行く。
15時過ぎにようやく小降りになった。雨が上がると気温が下がる。仙人谷の紅葉が進んで来たよ。一週間後には見頃になりそうだ。
17時に入浴して緑茶を飲んだ。身体を動かさないのでビールも、日本酒も美味くない。飯も食いたい、という気が起こらない。19時半に汁かけ飯を少し食って寝た。
20時消灯。


28日。雨。
深夜1時半に屋根を叩く雨の音で目が覚めた。救助のヘリコプターが飛べるかどうか心配になる。
うとうとしてから、3時に小用のため室外に出て見る。細かい雨が降っているが、視界は良好だ。このまま天気が大崩しないように祈るばかりだよ。
4時に起きて朝食の用意を始める。雨は強くない。白馬岳の頂上は見えないが、唐松岳の頂上は良く見える。これならヘリコプターは飛べる、と確信が持てた。
5時に朝食開始。5時半に黒部署から電話がある。小屋の気象状況を説明してヘリコプターの到着を待つ。足首を腫らした登山者は独りで歩くことが出来ない。トイレも背負って連れて行く。本人も歯がゆいだろうが、世話をする者も骨が折れる。
6時20分にヘリコプターが小屋に向かった!と黒部署から電話連絡がある。怪我人は食堂で待機していたので、直ぐにへりポートまで担ぎ上げる。程なくしてヘリの爆音が聞こえて来る。警察無線でこちらの場所を確認して、ヘリはホバ―リング態勢に入る。警備隊員が昇降機のワイヤーで降りてきて負傷者を吊り上げて作業は終了。6時53分だった。
小屋に戻ると疲れがどっと出た。身体はそれ程ではないが、精神的な疲労が応える。布団に潜って寝た。
9時になると本格的な雨になった。仙人谷は霧に煙って視界が閉ざされてしまった。負傷者の救助が早く済んで良かったよ。
12時前に男女二人が宿泊。一時間遅れで素泊まりの男性が一人。雨足が強いので計画を変更する登山者が多い。
17時半に夕食が整った。疲れが抜けないので、食事時は自室で横になった。
19時半に夕食を少し食って早々に寝た。
20時消灯。


27日。快晴。
天気の良いのは今日までとの予報。また明日からは雨の日か続くらしい。関東地方の所沢市も雨の多い9月だ。布団を干せない日ばかりだ、と。
宿泊者は雨具無しで出発して行った。ビールと日本酒を飲んで、朝食の片付けをして横になる。予約者が3人いるので、ぐっすり安眠と云う訳にはいかない。
12時過ぎに毎年来てくれている、石川県のΚさんが到着。続いて無予約の男性。13時に男女の予約者。池の平からの男女は遅くなるとの電話連絡を受けている。
先着していた4人の食事は17時半に開始。Mさんは到着してない二人を迎えに出る。戻って来たMさんは登山者のザックを小屋に置くとまた出て行った。30分して戻ったMさんは歩けなくなった女性を背負っていたのだった。
左足首が腫れ上がっているので、捻挫より重傷に思えた。骨折の疑いが濃厚だ。山小屋では処理し切れない。富山県の山岳警備隊に電話をする。警備隊員は違う事故で出動中との返事。事故の処理が終了したら、電話をくれる、と留守番の女性が応対してくれた。
待つしかない。
19時10分。黒部署の警備隊から電話がある。遭難者の本人確認、同行者の確認、山岳保険の有無、事故の場所とその状況など
を説明して結論が出る。ヘリコプターでの搬送、と云う結論だった。
明朝5時半に小屋の天候を確認するために電話する、と云う打ち合わせをしてようやく自分の食事にありつけた。
20時消灯。


26日。曇り後雨。
深夜から雨が降り出すと云う天気予報だったが、6時の朝食時には降っていない。下山する宿泊者の顔色も良い。雨が降ると雲切り新道の下りは足元が悪くて神経が疲れる。雨の日に歩いた登山者は皆、二度と来ない、と言っている。去年、今年は秋に雨が多いので登山者が激減している。10年前の記録と比較したら、小屋を通過する登山者の数は三分の一になっている。
11時まで朝寝をして、風呂に入った。自堕落な毎日だが、東京に帰れば倒れる寸前まで働く日もある。せめて、山小屋にいる時ぐらい勝手気ままでいたいのだ。
「誰のために?」
自分のためか、女房のためか、子供のためか、孫のためか?。
いえいえ、人は人智を超えた遠い所から聞こえて来る声のままに生きるのだよ。アマツバメが南に帰るように、クマが冬眠をするように、人も季節の風に乗って来る声を聞いて行動するのですよ。
「……。」
12時半にびしょ濡れの男女から素泊まりのかな申し込みがあった。雨の山行が2日続くと、歩こうと云う気力が萎えるね。
食事の用意がないので、腰を落ち着けて飲んだ。宿泊者はMさんに任せて早々に寝た。
20時消灯。


25日。晴れ。
昨晩は素晴らしい星空だった。今朝も晴れてはいるが夕方まで晴れると云う保証はできない空模様だ。
登山道の整備がてら、アザミの葉を採りに雲切り新道のピークまで行った。途中、4人の登山者とすれ違っただけの、静かな登山道だった。
今年はブナ、ナラの実が不作だ。クマの爪跡が残るブナの木を見上げたが、全く実がついていない。おかしな年だ。異常気象と云うだけで片付けられない気象状況だね。
キノコも不作だ。毎年採れる倒木に出ていない。丹念に藪のなかを探してようやく味噌汁一回分のナラタケが採れた。
12時過ぎに真砂沢ロッジからの登山者が到着。予約者だったが明日が雨らしいので、次の小屋まで頑張ります、との意志表示。できれば泊まって欲しいが、安全第一。登山者の要望が最優先なのだ。無理に引き留めたりはしない。
14時に単独の予約者が到着。時間を置かずに二人、三人と予約者が到着。昨晩は夜更かしをしたので、身体がだるい。昼寝をしながらの受付なので要領が悪い。夕食の用意をするために、気合いを入れて調理場に立つ。仕事を始めれば少しずつ身体が動き出す。2時間包丁を握れば用意は整う。眠気の残る身体に鞭を打って17時まで頑張った。宿泊者の応接をMさんに任して、横になる。身体が辛い時は本当に助かる。
18時半に宿泊者の夕食は終わった。食器を洗って、晩酌の日本酒を少し飲んだ。悪酔いをする前に酒を切り上げて、大西さんが担ぎ上げた生ラーメンを食って寝た。
20時消灯。
胃がもたれていたので、胃薬を飲んで寝た。


24日。晴れ。
布団干しのできる快晴ではないが、とりあえず朝は晴れている、気温は13℃。いよいよ紅葉が始まりそうだ。
今年はMさんが小屋番の手伝いをしてくれているので、独りの夜が無い。7月29日に宿泊した足立区の人が、月下独酌と云う李白の詩を毛筆で
和紙に書いて持って来た。去年は月を相手に飲んでいることも多かった。独酌もなかなか良いのですよ。
欅平駅からの予約者は14時にキャンセルの電話があった。本日はスタッフだけの宴会かと思っていたら、小谷村の吉田さんが来てくれた。黒4ダムから雲切り新道を登って来てくれたのだ。
夕食は大阪の大西さん、Mさんと4人だった。BSテレビで9時から過酷な山岳レースの番組を21時まで見た。と云うのも、7月末に宿泊した徳島のH女史が出場すると聞いていたからだ。が、彼女は一度もテレビに出ることは無かった。
残念。


23日。雨。
また今日も雨だ。予報では終日降りそうだ。もう沢山だよ、一過間太陽を見ていない。
雨の中を宿泊者は出発して行った。せっかくの山行だが降られっぱなしは辛すぎだね。本日の予約者もずぶ濡れかと思うと気が滅入るよ。
15時半に宿泊をキャンセルします、と電話があった。昨晩は調子が上がり過ぎて大分飲み過ぎたが今日は宿泊者0人なので自分のベースで飲める。無理をしないでほろ酔い程度で晩酌を切り上げた。
20時消灯。


22日。雨。
深夜1時には星空だった。それが3時になると小雨になった。本日は田中さんが下山するので、4時に起きて朝食の用意をした。
6時に田中さんは出発して行った。何時もならひと眠りする時間だが、予約の宿泊者が11人いるのでのんびりはしていられない。
宿泊棟の布団と毛布をたたみ直して棚に整頓をする。掃除をする。スリッパを揃える。雨具を干すためのストーブを点検する。11人分の食材をカットする。アザミの葉を採ってきて茹でる。テーブルを座卓に替える。一人ではちょっとしんどい。
13時に概ね終了。
11人組は15時に到着。スタッフのMさんも時を置かずして到着。全員ずぶ濡れ状態だ。すぐに風呂に入ってもらい、配膳の手伝いをお願いする。食事の用意は順調に進んで17時半には夕食を提供できた。
11人組のリーダーとは10年ぶりの再開なので、話は積もるほどあった。
消灯の20時までには話し切れずに、バッテリーの電灯で21時半まで飲みながら話しこんだ。とても嬉しい再会だった。


21日。曇り後雨。
台風は去ってくれたが、天気は良くない。深夜には出ていた上弦の月が3時には朧月になり、5時には厚い雲に隠れてしまった。
心配された降水量も橋を破壊するほどではなく、風の被害も無かった。
本来なら台風一過の青空が広がる筈なのだが、昨今は前線を残したままのグズグズした台風が多い。
田中さんが、朝食後に風呂掃除をしてくれたので、朝寝をしてから入浴をして髭を剃った。登山者の姿は皆無。世話なし、処置なしなので身体は楽だ。
テレビで昼のニュースを一時間見ながらビールと日本酒を飲んで、また寝る。
16時半に夕食の用意を始める。明日は田中さんが下山する日だからトンカツと餃子でもてなした。
20時消灯。


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